沖縄で47年。多様性の森「やんばる」を撮り続けて。湊和雄さんインタビュー
湊和雄さんの写真展「亜熱帯やんばる—多様性の森」が2024年9月26日~ 10月7日に開催されました。昆虫に興味をもつ最初のきっかけとなったコノハチョウや絶滅危惧種のヤンバルクイナなど、この1~2年を中心に撮影した作品を展示。昆虫を撮りはじめたきっかけや展示作品について伺いました。
コノハチョウに憧れた子どもの頃
――普段なかなか見られない生物の写真ばかりですが、「やんばる」がどのような地域なのか教えてください。
「やんばる」に明確な境界線はありませんが、一般的には名護市と本部半島を含めた沖縄本島の北側を「やんばる」と呼んでいます。2021年、奄美大島、徳之島、西表島と共に世界自然遺産に登録されました。生物の種類が豊富で、ほかの地域にいない固有種が多いというのが最大の理由です。
やんばるには天然記念物に指定された16種類もの生物が生息しています。沖縄本島の何分の1の面積にすぎない「やんばる」に、16種類もの天然記念物がいるのはすごいこと。しかも、その半分の8種類がやんばるの固有種なんです。
つまりそれは、やんばるで絶滅したら地球上から消えてしまうということでもあります。ユネスコの世界自然遺産登録は名誉なことに感じますが、きちんと保護していかないと、危機遺産という不名誉になる可能性も。だから、喜んでばかりはいられないんですよ。
――東京生まれの湊さんが沖縄に惹かれたきっかけは何だったのでしょうか。
最初に沖縄を意識したきっかけは、幼稚園の頃、母と一緒に世界の昆虫図鑑を見ていたときでした。勇ましくて大きなクワガタやカブトムシなど、興味を持った昆虫はたくさんいましたが、どれもアマゾンや東南アジア、アフリカなどでしか見られないものだったんです。当時はまだ自由に外国へ行ける時代ではなかったので、がっかりしました。
唯一、コノハチョウだけは、生息地が「琉球」でした。当時、沖縄はアメリカの領土でしたが、いずれ日本に返してもらえるだろうと。「外国に行かないと面白い昆虫に会えない」と思ったのが昆虫少年にならなかった理由ですが、それでも大人になったら沖縄へ行って、コノハチョウに会いたいと思いました。
やんばるの天然記念物16種を撮影
――昆虫を撮ろうと思って写真家になったのですか?
実はロバート・キャパの『ちょっとピンボケ』を小学5年生のときに読んだのが、写真家に憧れるようになったきっかけです。ただ中学生の時にはベトナム戦争が事実上終結していましたし、新聞社や通信社のカメラマンになりたいわけではありませんでした。すると中学3年生のとき、父が定期購読をしていた雑誌『カメラ毎日』にネイチャーフォトの第一人者、栗林慧さんがデビューした記事があり、沖縄の昆虫の写真が掲載されていたんです。
栗林さんは身長180センチある背の高い方ですが、地面に這いつくばって、アリのような小さな虫と対等な目線で向き合って写真を撮っていました。人間が昆虫の世界に迷い込んでしまったような錯覚を受けて、その新鮮な衝撃に「これだ」と思い、昆虫写真家を目指すようになりました。まずは昆虫について専門的に学ぼうと、琉球大学に進学。沖縄ならシーズンオフも短く、勉強だけでなく撮影もできるだろうと。
――子どもの頃の夢だったコノハチョウにはすぐ会えたのでしょうか。
19歳の時、いとも簡単に見つかりましたね。枯れ葉そっくりだから見つけるのが大変そうですが、実は翅(はね)を開くと鮮やかで目立つんですよ。見晴らしのいい葉先に止まって、自分のテリトリーに侵入者があると、急発進して追いかけるんです。そのとき羽ばたくから当然色が見えます。ギャップに驚きましたね。長年憧れ続けてきた女の子にやっと会ったら、思わぬ一面を見てしまったようなショックがありましたが(笑)、今ではそういう面も含めて大好きです。
卒業したら戻る予定でしたが、沖縄へ行って4年後にヤンバルクイナが発見され、さらに2年後にヤンバルテナガコガネという日本最大の甲虫が発見されました。100年に一度と言われた大発見が2年の間に立て続けに起こり、「やんばるはすごいところだな」と、帰れなくなってしまいました。
あるときから16種類すべて撮影して写真集を出すことが夢になり、毎週末のやんばる通いが生活の基本パターンになりました。気が付いたら16種類のうちの半分の8種は撮っていましたが、残りが難しかったですね。1992年に全て撮影し、1994年に平凡社から写真集『山原の自然・亜熱帯の森』を出版しました。と同時にフリーランスになったんです。
絶滅危惧種ヤンバルクイナ
――ヤンバルクイナは見つけるのが難しい鳥なのでしょうか。
神経質で人前にあまり出てこないため、1981年まで見つからなかった鳥ですが、人間の生活と密接している場所で暮らす場合もあります。今回の写真は民家の裏庭のような場所で許可を得て撮影させていただきました。生息環境によって適応性も高い、不思議な鳥です。
朝夕必ず水浴びをするので、近くに池や水たまり、川が海に流れ込む河口など、水のある場所がなければ出会えませんが、撮影はあまり難しくはありません。シャッターを押すのは一瞬ですが、生き物の撮影はどこに行けば会えるか、探すのに一番時間かかります。
苦手な被写体も意外性が魅力に
――昆虫や生物を撮り続けていらっしゃいますが、一番の魅力は何ですか。
もともと生き物は得意ではなかったんです。ヘビやカエル、芋虫も苦手。でもだんだん克服してきました。たとえば、あるとき夜の林道に勇気を出して行ってみると、地面にヤンバルトカゲモドキがいました。ヤンバルトカゲモドキはヤモリなのに高いところに登れないんです。私も林道に横這いになって、正面から狙ったら、ファインダーの中で歌舞伎役者のように見栄を切っていました。こいつ面白いキャラだなと思って、その晩からファンになったんです。苦手というのは本当に損をしていると思うようになりましたね。
――徐々に魅力を感じられるようになったと。撮影に苦労する被写体はいますか?
奄美大島とやんばるにイシカワガエルというカエルがいて、同種と思われていたのですが、2011年に別種ということがわかり、アマミイシカワガエル、オキナワイシカワガエルと分けられました。これもやんばるの固有種だったんです。アマミイシカワガエルは光を当てても鳴くのですが、 オキナワイシカワガエルは照明を当てていると鳴いてくれないんですよ。
日本で一番きれいなカエルと言う人もいますが、こけむした岩の上にいて、隠蔽色、隠蔽柄なんです。カムフラージュ効果が高い。だから目の前にいても気がつかないことはよくあります。見つけたら構図を決めて、フォーカスを合わせて、照明を落として撮影します。
まず、鳴き袋を膨らませるのですが、その前に小さく『くう』って声を立ててから、悲鳴のような声で鳴くんです。10分に一度程度、基本的に一声しか鳴かないので、撮影も大変。それにヘビが周りにいるので、苦手だったらまずこの環境には行けません。見つけてからはもう忍耐の世界ですね(笑)。
――これから撮ってみたい被写体はありますか?
16種類の天然記念物の中で、最後まで残った2種はどちらもネズミでした。1種は子犬か子猫ほどある日本最大のケナガネズミ。木の上で生活し、前脚(まえあし)の動かし方が手のようで、リスみたいなんです。これが15番目でした。16番目は、研究者の間では絶滅したと言われていたオキナワトゲネズミ。この動画がまだ撮れていないので、撮りたいですね。
もう一つはコノハチョウの交尾のシーンです。多摩動物園など、全国にある生態温室では、交尾している様子を比較的簡単に見られていますが、自然界でコノハチョウの交尾を見た、撮影したという人は、数えるほどしかいないんです。
コノハチョウは縄張りの中にほかの種類の蝶が舞い込んでも反応しないのですが、そこにコノハチョウのオスが入ってくると、急発進して追い出し、メスが入ってくると追いかける。そのあと、見えなくなるぐらい高く舞い上がり、ペアで降りてきて、高い木のこずえに留まって交尾が成立している。温室は高さが限られているから、見える範囲でそのペアが見つかるんでしょう。だから、自然の中でコノハチョウのペアを撮影したいというのがもう1つの大きな目標です。
文:安藤菜穂子
写真:竹中あゆみ