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新しい鉄道写真の表現を追い求めた人。広田 泉 追悼写真展 「泉」インタビュー

鉄道写真の枠組みを超えようと常に様々なチャレンジをし続けていた広田泉さん。三回忌となる3月28日から4月8日まで追悼展「泉」が開催されました。写真家が不在の展示会場をどのようにつくり上げたのか、広田さんの妻・廣田十月さんと、ディレクションを担当したデザイナーの福田典嗣さんにお話を伺いました。



デザインの力で写真を見せる

――OM SYSTEMから展示の話が来たのは、2023年3月末、ちょうど広田泉さんの1周忌の頃だったそうですが、廣田さんが福田さんに展示のディレクションを依頼したきっかけについて教えてください。

廣田 以前、カメラマンの熱田護さんの展覧会を見に行ったことがあったのですが、作品はもちろん、作品を生かした展示方法が斬新で素晴らしく、「いつかこんな写真展ができたらいいね」と夫と話していたんです。そのディレクションをしていたのが福田さんでした。

斬新と言っても奇をてらうわけではなく、デザインの力で写真の見せ方がパワーアップしているように感じたんです。いつもは夫と一緒に展示構成など考えていましたが、今回は本人がいないため、私一人では手に負えないと思い、熱田さんに福田さんを紹介していただいてお願いすることにしました。


――福田さんと泉さんは生前お会いしたことがなかったそうですね。

廣田
 はい。でも熱田さんの展覧会を見て、福田さんなら私がやりたいことや泉の思いを理解してくれるのではないかと思いました。

福田 最初は不安だったのですが、ご自宅へ伺って作品を見せていただいたり、泉さんのYouTubeを拝見したりするうちに、何か同じ空気を感じるというか、前々からちょっと知っていたかのような気持ちになれたんです。これはできるかもしれないと思うようになりましたね。


ワクワクするような写真展会場に

――廣田さんはどのような写真展にしたいと、福田さんにお話しされたのでしょうか?

廣田 壁に写真を並べるだけではなく、遠近感を感じたり、見た人が驚いたりするような、空間を使った展示がしたいというお願いだけしました。本人がいないわけですから、私がこうしたいとあまり言わずに、福田さんの好きにやってもらった方がいいと思っていて。

福田 基本的に写真は写真家のものだと思っているんです。写真が第1で、デザイナーの思いだけで勝手にできるものではないですから、その写真が見にくくなってしまうような展示にはしないように考えました。ただ写真展はエンターテインメントな部分もあると思うので、ワクワクする感じを出したり、手前と奥の作品がオーバーラップした時にどう見えるか立体的に考えたりしましたね。

――入り口には新緑の映り込みが美しい新幹線Maxの大きな写真(裏は年表)が立てられていますね。

福田
 入口にどうしても壁をつくりたかったんですよ。ギャラリーに入った時にすべてが見えてしまうのはすごくもったいないと思っていて。特に泉さんの作品はいろんな形態のものがありますから。だから自前のポールを持ちこんで、ギャラリーの方に無理を言って壁をつくらせてもったんです。

――確かにそのほうがワクワクしますね。作品のセレクトはどのように行いましたか?

廣田
 まず、自宅にある泉の作品を全部見に来てくださいました。かなりの量だったと思います。額装されている写真は一度発表したものですが、額装せずに展示している大判プリントは、今回新たに福田さんに選んでいただいた作品です。

福田 入口入ってすぐの3点は、縦長にトリミングして使われていたことがありましたが、ノートリミングでは出したことはなかった作品です。

泉さんが気に入っていたフレスコペーパーに印刷。インクのりが深く、立体感が出る

――デザイナーの視点が入り、写真の使い方が変わるのは面白いですね。

廣田 異なる季節に同じ場所で撮影した作品ですが、縦長にトリミングして並べるだけだと、つまらない。もうひと味ほしいよねと、夫と話していたところだったんです。この形が正解だったかもしれません。写真への思いが感じられて、変化する時間が一緒に見られる、今回の展示で私が一番好きなコーナーですね。

――入口と呼応するように奥の壁にも大きなプリントが3点ありますが、これは和紙でしょうか?

福田 鳥取の因州和紙です。耳付きだと印刷するのが技術的に難しいのですが、ラボの方に頑張っていただいて、実現することができました。

――福田さんが特に好きな写真はありますか?

福田 電線がキラキラしているこの写真です。電線ってせっかくの風景を台無しにしてしまうこともありますが、この写真に関しては電線がなかったらどうだったんだろうと思うくらい、素敵だなと思ったんです。電線に光が当たった状態で撮ったということは、この場所は電線があっても美しいと泉さんは気づいて、シャッターを切ったのかな、と想像したりして。そういう意味でも僕はこの写真がすごく好きですね。


新しいことが好きなアイデアの人

――タイトルの「泉」についてですが、広田泉さんのお名前と「アイデアの泉」をかけてつけられたと聞きました。生前の泉さんは、アイデアマンだったのでしょうか。

廣田 それはもう、本当にそうでしたね。カメラや三脚なども、ここにボタンがあればとか、こんな機能があったらいいのに……と、よくメーカーの方に話していました。写真についても、いわゆる上手な鉄道写真ではなく、「これも鉄道写真なの?」って、驚かせたい思いもあって、もうとにかく、新しいことをやりたい人だったと思います。

泉さんが愛用していたOM-D E-M1Xとレンズ


――縦長にトリミングされた作品もユニークです。

廣田 鉄道って横位置がオーソドックスとされていますが、じゃあむしろ縦位置にしてみてはどうだろうと考えてつくった作品です。手ぬぐいを入れる額を見たときに、思い付いたのが最初でした。作品が横に長いと大きな壁がなければ飾るのは難しいですが、縦長だと場所も取らず、ドア1枚分ぐらいの壁があれば飾ってもらえる。鉄道で縦、むしろやってみようか。そういう感じで始めました。

福田 縦長の初期の作品は、トリミングする前提で撮ってない写真が多かったようですが、だんだんこの作風が確立してくると、もう明らかに意識しているだろうなっていう撮り方をされているんです。面白いのは、縦にトリミングするのに、縦で撮らずに横で撮影していること。もしかするとここだけを使いたかったのでは?なんて考えながら写真を見るのが、楽しかったですね。

――写真展のあいさつ文で、「『鉄道写真家』と呼ばれる事が嬉しくもあり窮屈でもあった時期」について書かれていましたが、この作品が生まれた背景に、そういう時期も関係していたのでしょうか?

廣田 そうですね。鉄道写真を撮っていて面白くなさそうな時期がありました。お父さん(広田尚敬さん)が偉大な鉄道写真家でもあるし、鉄道写真家と言われるからには、鉄道をうまく撮らなければいけないみたいな意識は多分どこかにあったと思うんです。

でも、別にうまく撮らなくても、絵としてこの形が好きとか、このリズムが好きとか、そういう感覚で撮ってもいいんじゃない? 真正面からやらなくても、鉄道を使って好きなようにやっちゃえば? みたいな感じで話していたところから始まった作品なんです。

4月6日開催のトークショーに来場していた広田尚敬さん


これからも続く写真展

――トークショーでは交流のあった写真家の方々がたくさん集まり、お客さんも満席。笑顔が絶えない楽しい雰囲気でした。展示を見たお客さんの反応はいかがでしたか?

廣田 何度も展示している作品も中にはありましたが、それでもとても好評でした。泉もすごく喜んでいると思います。かっこいい!って。

福田 そう思ってくれていたら嬉しいですね。

廣田 もし本人がこの場にいたら、こうしたいと言ったり、福田さんも遠慮したりして、お互い100%じゃないこともあったと思うんですよ。だけど本人がいないから、福田さんに愛情を持って好きにやっていただいて、お願いして本当に良かったですね。

トークショーに駆け付けた写真家のみなさんの記念撮影

廣田 今年の年末くらいに、台湾のOM SYSTEM GALLERYでも展覧会を開催させていただく予定です。もちろんとても嬉しいです。本当に幸せな人ですね。

文:安藤菜穂子
写真:竹中あゆみ



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