見出し画像

ダイバー社員が作りたかったのはどこでも撮れるタフなカメラ〜 μ 720SWのタフの秘密

#創るをツナグ  Vol.2 
防水・耐衝撃のタフカメラ「Toughシリーズ」ができるまで(2)

OM デジタルソリューションズの「Toughシリーズ」は、いつでもどこでも撮れるタフ性能が魅力のコンパクトデジタルカメラ。モノ作りにこめた思いと開発ストーリーを社員が語るシリーズ第 2 弾 防水・耐衝撃のタフカメラ「Toughシリーズ」ができるまででは、商品開発を手掛けた森 一幸さんと設計を担当した高須隆雄さんが初代機種の誕生から現在までの道のりを語ってくれました。

前回の記事はこちら


高須隆雄 OM デジタルソリューションズ 研究開発 製品開発部長)

話し手:森 一幸( OM デジタルソリューションズ 新事業開発室 アソシエイトエキスパート)
/高須隆雄 OM デジタルソリューションズ 研究開発 製品開発部長)
聞き手:柴田 誠(フォトジャーナリスト)


タフ性能を測る試験が想像以上に過酷だった

− μ720SWでは水中で撮影しても水没しないようにどんな工夫がされているんでしょうか

高須:基本的に、これまでのオリンパスカメラが採用してきた生活防水の技術を応用して、防水機能を高めています。防水する方法としてはシーリングでゴムを潰して密閉するか、接着するかなんです。μ720SWの場合は、数ヶ所を両面テープで封止していますけど、ほとんどの部分をシーリングでだけで防水しています。圧力も重要なので、変形量をシミュレーションして、部品の強度を考えたりしていました。

森:以前から防水プロテクターを商品化しているので、シーリングゴムの設計をうまく踏襲して作っていました。

TG-6の電池室の蓋部分のシーリング

−水中で水圧がかかると液晶ディスプレイなんかに影響が出たりしませんか?

森:防水用の窓の奥に液晶ディスプレイがあるんですけれど、圧をかけると窓の中央部分が凹んで、液晶に当たっちゃうんですよ。そうすると液晶がにじんだりします。設計の段階で、窓から液晶までの距離をちゃんと考えていますけど、当時はそこの壁も大きかったなという印象です。もちろん、どういう水圧のかかり方をするかのシミュレーションもやっています。

水圧・圧力による変形強度シュミレーション 
水中での水圧のかかり方をシミュレーションして設計した

−防水機能以外にも工夫されている点はあるんでしょうか?
 
高須:防水機能だけだと、砂漠や岩場といったタフなシーンで使えないんですよ。なので「落っことしても壊れない」っていう、ショックに強いというコンセプトも必要でした。

森:サポート修理センターでは、修理やクレームになる原因を示したデータがあるんですが、その中で「落としてカメラが壊れる」っていうのがかなり上位に位置していたんですね。 修理のほとんどが落としたら壊れるといった具合なんです。だったら落としても壊れないっていうのが一つの価値になるんじゃないかと考えました。

森:「高い防水性能」と「落としても壊れない性能」をミックスすることで、タフ機能に繋がっていったんです。
 
−「落としても壊れないカメラ」というのは心強いですね

森:ところが、レンズ設計をやってるメンバーに「落としても壊れないカメラを作りたいんだよ」って話をしたら、意味がわからないって言うんですよ。レンズは落としてもらいたくないし、落としちゃいけないものですって言われちゃいました。その後も色々と話をしていくうちに、落としても壊れないような構成を考えてみたいっていうことになって、衝撃を緩和する衝撃吸収部材を介してレンズユニットに直接衝撃が掛からないような設計にして、衝撃に耐えるようにできました。

高須:具体的には衝撃吸収部材としてゲル状のクッション材が入っています。

−衝撃吸収部材はスポンジとかゴムではなくてゲルを使っているんですね

高須: そうなんです。今の機種にも使われているんですが、当時はどの程度効果があるものなのかがよく分からなかったので、あらゆるところに衝撃吸収部材を取り付けて実験を繰り返していました。レンズ ユニット設計では、レンズや駆動機構に力が掛からないようにユニットの取り付けをフローティング構造にしたり、外装設計メンバーと協力して衝撃の吸収や分散ができるようにカメラの全方向にゴムを配置してみたりと、色々と試行錯誤していました。

μ720SWの内部に配置された衝撃吸収材

森:当初は1ミリくらいの衝撃吸収部材をさらに細かく切って、いろんなところに配置していました。レンズユニットの入る位置が決まっているんですけど、その周りにも衝撃吸収部材を配置して、直接圧がかからないようにしていました。

−防水性能や耐衝撃性能はどんな試験をやっていたんですか?

高須:μ720SWの性能で注目される防水性能と耐衝撃性能ですけれど、防水・防塵に関しては当時、JIS保護等級で現在のIPXと呼ばれる保護規格がありました。しかし耐衝撃性能に関しては、きちんとした基準がなかったんです。そこでアメリカ国防総省が制定したアメリカ軍の資材調達に関する軍事用途の規格、MIL規格に準じて何メートルまでの衝撃に耐えられるようにしようということにしています。

森:カメラは四角いので6面ありますよね。あと厚みがあるので角が8つ、辺が12個あるんですけれど、 MIL規格では全部で26か所ある面と角と辺を下に向けて落としても壊れないっていう試験方法があります。それを採用することにしました。

高須:当初からコンパクトな商品を作りたいっていう思いがあったので、いきなり耐水深性能を30メートルや40メートルにしてしまうと、当時の技術ではどうやっても大きなものになっちゃうんです。なのでまずは3メートル、 生活防水のレベルを越えて、素潜りや水遊びができるものに仕上げることにしました。耐衝撃性能は1.5メートルに設定することにしました。1.5メートルくらいまであれば、ポケットや鞄から飛び出しても大丈夫だし、例えば、子供にも安心して渡せるだろうっていうことで、このレベルに設定しました。

−耐低温はこの時点ではまだ搭載されていないんですか

森:耐低温はμ720SWの2機種あとに発売されたμ770SW(2007年3月発売)からですね。ちょうど μ720SWを出して1年後に作った商品なんですが、μ720SWが世に出ると、いろんな声が集まって来るんですよ。もっとこうしてくれてくれっていう声が。それを受け止めて全部盛り込んだのがμ770SWでした。

μ770SW(2007年発売)

高須:中でも低温の環境、スキーとかスノーボードに持って行きたいという方が多かったんです。衝撃に強いカメラだから転んでも安心なんです。 耐低温は−10℃に設定しましたけど、低温対策って結構大変なんです。もっとも苦労したのは電源ONでの起動じゃないですかね。まず動いてくれないんですよ、−10℃だと。
 
森:デジタルカメラって電気部品の塊なので、あらゆる部品を−10℃から動くことっていう確認を部品メーカーと取り交わして商品にしていくことにしました。全部裏を取って進めていったんですけれど、いくつか絶対にできないことが出てきちゃいました。例えば充電なんですけど、−10℃で充電しようとすると、ちょっと充電が遅くなるようなことが起こるんです。けれどそこは目をつぶろうといったように、機能を何段階かに切り分けていって、−10℃でも問題なく動くことを目指しました。

−耐低温の試験も大変だったんですか?

高須:−10℃の環境に毎回行くことはできないので、社内に−40~50℃くらいまで、温度だけでなく湿度もコントロールできる環境試験の部屋があるんですよ。そこで試験をする人は、−10℃の環境に行くので夏でもスキーウェアを着て手袋をして、ちゃんと動くかっていう試験をやっていました。

高須:そんな状況だったので、カメラの試験をしてるのか自分がどこまで耐えられる試験なのかわからなくなるような過酷な環境試験でしたね。−10℃のところに30分もいればすっかり冷えきっちゃうんですよ。

見えない裏側にもさまざまな工夫が施されている

−防水性能よりも耐衝撃性能を上げることが難しいんですか

森:防水に関しては、設計的に防水構造にすることでなんとかなるんですけど、落下とか衝撃っていうのは設計だけじゃわからない。当時はとにかく衝撃吸収部材を入れてガードするっていう考えでした。それを車と同じように、落として壊れる瞬間をハイスピードカメラで観察するんです。そうすると、どの部分のパーツが弱いっていうのが見える。そういう試験をカメラでもやっていました。試作機を作って落としてみて、壊れたらその対策をして、また落としてっていう繰り返しでした。

−落としては直し、落としては直しの繰り返しだったんですね
 
高須:落下試験が一番泥臭くて、トライアンドエラーの連続でしたね。結局、強度的に持たないということになると、サイズを大きくしなきゃいけなくなるわけで、そうするとデザイン的にも破綻してしまいます。強度を持たせながらデザインとうまく両立させるっていうせめぎ合いです。

−なるほど
 
あと落としても壊れないっていうことに関しては、先ほど言ったように、衝撃吸収部材を設けていたりしますけれど、最近はもう10数年やってきているので、どのくらいの強度でどういう設計をして、どのくらいの隙間をあければ落下しても大丈夫だっていうノウハウが蓄積されてるので、最近の製品ではほとんど衝撃吸収部材を入れていません。

μ720SWとμ1030SWの耐衝撃吸収部材。使用点数削減が一目でわかる。

−デザインだけでも性能だけでもダメなんですね

森:ええ、そうなんです。例えばGPSのアンテナは、 ある程度カメラからアンテナ部分が出てないといけないんです。ところがこんな小さなパーツでも出すぎるとそこが弱くなっちゃう。ちょっと出ていて周りをガードするみたいな設計には、ものすごいノウハウがあると思っています。

トップ部分にやや張り出しているTG-6のGPS

−ノウハウがあった防水機能の開発は順調だったんでしょうか?

森:いえいえ、防水も密閉すればいいってわけじゃなくて、温度変化があると体積が変化してパンパンになっちゃったりするんです。なので、実は見えないところに「水は通さないけど空気が抜ける道」を作っているんですよ。

−防水試験はどんなものだったんですか?

高須:実際に海に持って行って潜ったりもしましたけど、水槽の中にカメラを入れて、ポンプで水圧を簡易的にかける装置を使って防水の試験をしていました。
 
森:初めの頃は、こうした試験設備が全くない中での開発だったんです。なのでμ720SWを立ち上げた開発メンバーは、試験方法をどうしようというところから考えないといけなかった。 1.5メートル落下の保証をするにはどうしようとかという具合でした。

−生産の段階ではどんな苦労がありました?

森:「あ〜、もうこれダメだ、商品化できない」みたいな感じでリーダーがリタイア宣言したのは一度や二度じゃなかったです。朝礼でいきなり「みんなごめん、ちょっとこの商品もう立ち上がらないわ」みたいなことを言われたり。設計を日本でやって、生産は中国の工場でっていう流れでしたけど、量産化に行きつくまでは結構ハードでした。開発メンバーは朝から晩までずっと試作の繰り返しです。今じゃ考えられないようなハードな現場でしたね。

高須:そういうギブアップ宣言もあったり、もうちょっと頑張ってみようよみたいな繰り返しがあって、結構面白かったですね。

森:自分自身、根を詰めすぎて体調を壊したりもあったんですが、紆余曲折があって生まれた μ 720SWは、ものすごく思い出のある商品です。

−μ720SWの市場の反応はどうだったんでしょう?

森:はい、具体的な数字は言えないですけどμ720SW は、当初の想定よりも、ずっと多くの方に買っていただきました。それはものすごく嬉しいことでした。最初に何万台、何十万台っていうプランが立てられていたんですけど、途中からそんなに売れないんじゃないかってことになって、計画値が下がっていったんです。だけど蓋を開けてみたら予想以上に売れたんです。

高須:初めて世に出す商品だと、みんな保守的になっちゃうんですよ。だけど開発しているメンバーは「絶対行ける!」っていう思いがありましたから、結果が出せてよかったです。

−ユーザーの声を反映させたμ770SWでひと区切りだったんでしょうか

森:μ 770SWの後にμ 1030SW(2008年3月発売)っていう機種を出したんですけれど、そこがひとつの完成形かなって私は思っています。μ 720SWの発売から2年後に、フルモデルチェンジした機種です。多くの声を聞いて、それを盛り込んで作りました。水中での撮影も意識して、レンズのワイド端を28mmからの光学3.6倍ズームにしました。水中だと水の屈折率の関係で画角が狭くなるんですよ。なるべく広く写したいっていう要望に応えました。

μ 1030SW

−ひと区切りついたところで森さんは異動することになるんですよね

森:2008〜2009年頃は、ちょうど高須さんと一緒にやっていた時期でした。その次のモデルくらいから、私は開発から商品企画、つまりプランする側に異動しました。 それ以降はすべて高須さんが開発して商品を作っているんですよ。



 Vol2. 防水・耐衝撃のタフカメラ「Toughシリーズ」ができるまで
(3)ダイバー社員が作りたかったのはどこでも撮れるタフなカメラ〜進化し続けるタフ性能で撮りたい写真が撮れる喜びをに続きます。

バックナンバー



みんなにも読んでほしいですか?

オススメした記事はフォロワーのタイムラインに表示されます!

最後まで読んでいただき、ありがとうございます! 「OM SYSTEM note」では、「人生を彩る最高の映像体験ストーリー」綴っていきます。 「OM SYSTEM note」のフォローをお願いします。