片岡司 写真展「写心伝心」インタビュー
旅の中で偶然出会った日本の原風景を見つめ、その場で感じたことをパステル調の色彩にのせて制作した作品『写心伝心』。生まれ育った奈良を拠点に活動する片岡司さんに、作品や展示方法についてのこだわり、今後の活動について伺いました。
日本の原風景を探しに
――今回の展示作品は、どのような場所を撮影した作品ですか。
多くの人が訪れる観光地や名所ではなく、日本の原風景を探して様々な地域で撮影した写真です。花や木々などの自然がそれぞれ互いを生かすために昔からそこに存在しているような、“日本のふるさと”を感じる場所を撮影しました。もしかしたら自分の一番奥底にある、生まれ育った奈良の風景を、重ね合わせていたかもしれません。本当に素朴な場所を題材に撮影しているので、現地の人に「何を撮っているの?」とよく聞かれましたね。
――どうやって見つけるのですか?
ある程度、目的地は決めて行くのですが、迷っても引き返さず、偶然出会った風景を撮っています。とはいっても行くと必ず撮って帰りますから、経験で培った勘はもちろんあると思います。数を撮ることはせずに、心地いい場所に出会えたら「よし今日はこの風景と一緒に心中しよう」という気持ちで撮っています(笑)。
――長い時間、同じ場所で撮ることも多いのですね。
はい。でもずっと撮っているわけじゃなくて、ただただ、見ていたいだけ。ファインダーを覗く時間さえ、もったいない。「伝える」ことが僕の役目だと思っているので、仕方なく撮っているんです(笑)。五感を使って撮っているので、頭で考えて撮っている写真は1枚もありません。僕自身も他人ごとなんですよね。今日はいい景色に出会えたな、いい写真が撮れたなと。あそこに行っていい景色を撮ってやろうという発想が全くないんです。
風景からのメッセージを伝える写真
――特に印象に残っている作品はありますか?
大変だったという意味では、この桜の写真でしょうか。桜を撮ろうと福島に行ったら時期が早くて全く咲いてなかったんです。そこで宇都宮辺りまで行ったら撮れるかなと思ったんですが、どういうわけか秩父まで行ってしまって。片道5時間かかりました。撮影は1時間。さらにレンタカーの返却のためにまた5時間かけて福島に戻ったんです(笑)。でも今日はこの桜に出会って美しく撮れたから、それでもういいやと思えました。行ったかいがありましたね。
――まさに偶然の出会いですね。
この湖の写真は北海道で撮影したものですが、地図を見てなんとなく行ってみたらすごい景色でした。人の気配がなく、自分も自然の一部になったような気がしました。思わず手を合わせてしまうような感覚になった場所でしたね。
――「写心伝心」というタイトルについて教えてください。
これは師匠の小川勝久先生が昔からおっしゃっている言葉です。写真を意味する英語の「フォトグラフ」は、ギリシャ語の「フォトン」と「グラファイン」が組み合わさったものと聞いたことがあります。フォトンは「光」、グラファインは「描く」を意味する言葉。つまり「光で絵を描く」ということ。ただ日本では、「真実を写す」と書いて「写真」と言いますよね。報道写真などは「真実を写す」ものですが、私はそうではなく「写真は心を写すもの」と考えていることから、「写心伝心」としています。
パステル調の色彩へのこだわり
――色彩が印象的な作品ですが、こだわりを教えてください。
パステル調への憧れがありこの表現を10年以上続けていますが、始めた当初は思うようにはできなかったんです。長い間、試行錯誤していました。するとある時、画家のルノワールの絵を見て、影が黒ではなく紺色で表現されていることに気づいたんです。また他の作家の作品では、影がこげ茶色で表現されているものもありました。それを参考に、作品に黒色を入れないようにしたら爽やかなパステルの色彩を表現できるようになりました。種明かしはそれだけなんですよ。
――他にも絵画を参考にした点はありますか?
伊藤若冲や俵屋宗達の作品は、どうしてこんなに優しいのだろう?と思ったことがありました。それは生き物が描かれていることが多いからだと気づいたんです。風景だけの写真もいいのですが、風景だけだと緊張感が生まれて作られた世界に見えてしまう。生き物が入ることで、リアルさが増すように感じています。
――プリントにもこだわりを感じました。
今回の展覧会では4種類の紙を使用しています。たとえば光を感じてもらいたいなと思ったら、透明感が出せる紙を、色を感じてほしいと思ったら、透明感を抑えたものを。1点1点の完成度をあげることはもちろんですが、展覧会を通して作品に統一感が出るように考えました。
――額装ではマットを使っていませんでしたね。
マットを使うとその厚みで作品に影が落ちるので使っていません。先ほどもお話したように頑張って黒色を抜いているのに、影が出てしまったら悲しいので(笑)。マットの代わりに写真の周りに線を引いています。この線の色も、作品に合わせて1本1本、変えているんですよ。
100年200年残る写真を作るために
――今回の展示を経て気づいたこと、感じたことはありますか?
この写真表現を始めた当時はフィルムこそが写真であり、「デジタルは写真じゃない」と言われたこともありました。でも今はフィルムを知らない世代も増えてきて、デジタル加工も当たり前になってきましたよね。
「風景写真は飽きていたけど、新しい可能性を感じた」と言ってくださった方や、「パステル調の作品に挑戦してみたい」と言ってくださったプロの方もいて、ずいぶん時代が変わったなという気がしました。やってよかったと思いますし、次はもっと喜んでもらいたいです。
――ありがとうございます。では最後に、今後の目標について教えてください。
今回とは全く違う作品ですが、6年後、淡路島のお寺に32枚の襖を襖絵として制作し奉納する予定があります。その中に「松の絵も欲しい」とリクエストを頂いたのですが、松について知らないことには制作できないので、今、松を勉強しに盆栽教室に通っているんです。
お寺に入るとなれば100年200年残るものになる。自分が死んだあとはやり直しができないので、納得いくものにしたいですね。今まで、作った作品が勝手に道を作って世界を広げてきてくれたので、これからもそれに逆らわずにやって行くというのが目標です。
文・安藤菜穂子
写真・竹中あゆみ