斎藤 巧一郎 写真展「私が食べているものを 作っている 人たちのこと」インタビュー
2019年にオリンパスギャラリー(現OM SYSTEM GALLERY)で写真展『食の絶景』を開催した斎藤巧一郎さん。今回は近年出会った生産者たちを中心に、作り手と環境、生産の様子や暮らしにフォーカスした『私が食べているものを つくっている 人たちのこと』を開催。ライフワークにしている食の取材について伺いました。
その道の名人と食が生まれる環境
――前回の写真展は『食の絶景』でしたが、今回『私が食べているものを つくっている 人たちのこと』というタイトルにした理由を教えてください。
コロナが少し落ち着いて久しぶりに取材に行けるとなった際に、作っているものを見に行きたいというよりは、作っている人たちに会いたいという気持ちが大きくなっていたんです。今までの取材で生産者の皆さんに出会ってわかったのは、食のおいしさはもちろん、作っている人たちの素晴らしさ。本当に温かく迎えてくださいますし、会えることがもう嬉しくて。だから今回は、作っている人たちとその環境を伝える写真展をしたいと思いました。
――ポートレートと一緒に周辺の環境や作っている様子も展示したのはなぜですか?
何度か通って打ち解けると、「昔はこうだったけれど、これからはどうなるのだろう?」という本音の部分も聞かせてもらえるようになりました。作り手はその地域の環境を活かして丹精込めて食を作っていますが、その環境はずっと守られていくのだろうか。そんなことも考えるようになったんです。
食を取り巻く環境を少し引いた目線で写すことで、温暖化による環境の変化などSDGsについても考えるきっかけになるのではと思いました。写真展のタイトルは『私が食べているものを つくっている 人たちのこと』ですが、それはあなたが食べているものかもしれないし、日本人が食べているものの話かもしれない。そうやって自分が食べているもののことも見つめてもらえると嬉しいなと思っています。
――臨場感のある大きな風景写真が印象的でした。
窓から見る景色のように感じてもらいたいと思ってA1サイズにしました。まずはこの世界にお客さんを連れて行ってしまおうと。こういう環境だからこういう食が生まれてくるということを伝えたかったんです。
伝手を辿って巡り合った生産者たち
――もともと食をテーマに作品を撮りはじめたきっかけはなんですか。
仕事で料理写真を撮る際、シェフから「自分たちは魔法使いではないから、いい食材がないとおいしい料理は作れない」と、その食材や旬の時期、生産者について教わることがありました。日本でトップクラスといわれるシェフたちが選んだ食材なのだから、それを作った生産者の方たちも日本でトップクラスのはず。会いに行ってみようと思ったのがきっかけです。
理解の深さがないと、いい写真なんて撮れないじゃないですか。私は机の上で勉強するよりも、フィールドワークで学んでいきたいタイプ。写真のために学ぼうと通い始めました。
――さまざまな生産者とは、どのように出会うのですか。
「こういう人を撮りたい」と思って伝手をたどっていくと、巡り合うんですよ。たとえば今年からお世話になっている十秋園の野久保太一郎さんも、朝ごはんになくてはならない「梅干し」を撮ってみたいと思っていたときに、「いい人がいるよ」と知り合いに紹介してもらったのがきっかけでした。野久保さんのところを訪れる撮影ツアーもする予定なんです。
――海苔を作っている様子なども改めて見ると興味深いです。
海苔の収穫は冬の一番寒い時期、お正月が明けた15日くらいから1か月ほどなので、3年かけて通っても、3ヶ月分くらいしか撮れません。この時期は日本中の名だたる日本料理屋がたくさん視察にくるそうですが、海の中までついて行くのは私くらい。「斎藤さん、カメラ持って海に入っても大丈夫なの?」って聞かれますが、OM SYSTEMのカメラは水を被っても平気じゃないですか。あとで洗うから大丈夫というと「洗えるの⁉」って驚かれます(笑)。
島中さん夫妻のポートレートは撮れて嬉しかったですね。奥さんが腰を悪くされて、この撮影の日が海に入る最後の日でした。今後、一生の付き合いになるような人たちと出会いはとても嬉しいです。
1枚ですべてを伝えられる超広角レンズ
――取材の際に気を付けていることはありますか。
信頼関係でしょうか。まずはカメラを持たずに、収穫時期より前に撮影のお願いに行ったりすることもあります。話をしてからのほうがお互いに人となりがわかりますから。取材のお礼は何もできませんが、撮った写真は全部差し上げて、好きなように使ってもらっています。喜んでもらえるのが嬉しいですね。
――取材ではどんなレンズを使われていますか。
人物と環境を1枚で表現するためによく超広角レンズを使っています。「ネギはのせない、チャーシューもいらない、ラーメンが主役だ!」みたいな写真家の方もいると思いますが、私は「全部のせ」するタイプ(笑)。複数の写真で伝えるのではなく、1枚で成立する表紙のような写真にしたいと思っているんです。それは広告写真を生業にしているからかもしれません。
これからの食シリーズについて
――撮ってみたい食材はありますか?
「和食」はユネスコ無形文化遺産に登録されていますが、「和食」に大切なのは「出汁」。鰹節は鹿児島で撮影できたのですが、昆布は5年ほど北海道の日高に通ってまだ1度も撮影できていないんです。7月1日~9月15日の漁期に、天気の良い日が1週間くらい続かないと天日干しの様子が撮れないんです。でもあまり気にしていません。作っているおじちゃんたちに会いたくて行っているだけだから(笑)。作品は仕事ではないので、好きにやっているだけなんです。
――これから食のシリーズはどんな作品に発展していくのでしょうか。
環境が変われば、生産者の取り組み方も変わっていきます。その時々の環境問題など社会的な側面にも訴えられるような、より深いシリーズにしていきたいですね。生産者の方をお呼びしてトークをしたり商品を販売したりしますが、それは写真じゃ味は伝えられないから。もっと知ってもらいたいですし、皆さんと生産者の方を繋ぐことができたら嬉しいです。こうやって改めて会場を見渡してみると、私の好きな人や食べ物に囲まれた空間になり、とっても幸せです。
写真展開催期間中に開催されたトークショー
文・安藤菜穂子
写真・竹中あゆみ