スイスの鉄道は世界一。櫻井寛写真展「列車で行こう!鉄道王国スイスの旅」インタビュー
世界95か国を巡り、スイスには42回も足を運んでいるという櫻井寛さん。2019年に開催したカナダの鉄道の写真展に続き、2024年10月10日~ 10月21日まで写真展「列車で行こう!鉄道王国スイスの旅」を開催しました。展示作品について、スイスの鉄道の魅力について伺いました。
密度の濃いスイスの鉄道
――様々なスイスの鉄道を紹介している展覧会ですが、スイスはこんなに鉄道が充実しているんですね。
おそらく世界一だと思います。スイスは九州の9割くらいの大きさですが、九州の鉄道はJRと私鉄、すべて含めて2800km。一方でスイスは5300kmあります。九州の中に線路が倍ほどあると考えていただくといいかもしれません。またどんなローカル線でも1時間に1本はあり、朝6時から夜8時まで1日15往復が最低基準。これが守られていますから、どんな田舎に行っても日本のように1日2本、3本しか走らないということはないんです。
――観光だけでなく生活で使う方も多いのでしょうか。
もちろんです。スイスは車がなくても生活ができます。スイスはお金持ちの方が多く、ベンツなどいい車を持っている人も多いのですが、個人の車よりも公共交通が最優先。CO2の削減にもなります。現に氷河特急の終点ツェルマットなど、10を超えるエリアで排気ガスを出すガソリン車の乗り入れを一切禁止しています。走っていいのは、電車と電気自動車だけ。空気が清涼に保たれるうえに、鉄道会社も潤いますからね。
一方、日本は田舎に行くと、車なしでは生活できませんよね。今年で日本は戦後79年ですが、今日までに 400路線、7000km廃止してるんです。でもスイスは42年前から1kmも廃線にしていません。スイスにも赤字路線はあるはずですが、最終的には国民投票で否決。国民が許さないんです。
日本は鉄道が廃線になるとバスに転換されますが、そのうちバスのお客さんもどんどん減って、最後は一便も来なくなる。それが現実。鉄道がなくなって栄えた町はひとつもありません。僕も含めて日本人は、「またローカル線が廃線に…」と嘆いて終わりですが、スイスの人は笑って済まさないんです。だから鉄道の密度が濃い。鉄道王国というタイトルをつけた理由はそういうところからです。
世界遺産や標高3454mまで様々な魅力
――今回の展示作品について教えてください。
なるべく最新の写真を見せたいので、多くは今年の8月に撮影した写真を展示しています。
入ってすぐの壁は氷河特急です。年間乗客者数は27万人ほどですが、そのうち8万人が日本人なんですよ。圧倒的な人気があるので、トップに持ってきました。この橋はランドヴァッサー橋と言って、高さは65m。赤いプレートが世界遺産の印なんですよ。
こちらの写真に登場する牛は、ブラウン・スイス。人懐っこくて、カランコロンカランコロンとカウベルの音を鳴らして興味津々で近寄ってきます。タイミングを見計らって列車と一緒に撮影しています。
次の壁にはスイス各地の登山鉄道の写真を多く展示しています。この写真は1番前の席に座った幸運なお客さんだけが見ることができる、マッターホルン。トンネルを出る時にカメラを構えて撮影しました。でも運が悪いと何も見えません(笑)。
こちらは姉妹鉄道提携35周年を記念してスイスのレーティッシュ鉄道から贈られた「箱根登山電車」の機関車模型です。本社からお借りしてきました。「箱根登山電車」とラッピングされた列車が写る右の写真は、実はスイスで撮ったものなんですよ。箱根でも、レーティッシュ鉄道にちなんだ「サン・モリッツ号」「ベルニナ号」「アレグラ号」が活躍しています。
そして続くのがユングフラウ鉄道。氷河特急は8時間かけて300kmほど走る鉄道ですが、ユングフラウ鉄道は標高3454mまで上る鉄道です。しかもバリアフリーだから、車椅子のお客さんが富士山の9合目くらいの高さまで何の苦労もなく行けます。ヨーロッパで1番高い、トップ・オブ・ヨーロッパと呼ばれるユングフラウヨッホ駅まで列車で行けるんです。さすが公共交通の国スイスです。
そして次はレーティッシュ鉄道のアルブラ・ベルニナ線。その120㎞の区間が世界文化遺産に登録されています。この写真は、森が開けて、ベルニナ山がはじめて見えるタイミングで撮りました。まるで事前に打ち合わせしたみたいに、満面の笑顔で手を振るお客さんたち。喜びに満ちた写真で気に入っています。
はじめての海外旅行にお勧めのスイス
――スイスで次に撮ってみたいものは?
たくさんあります。今年の夏もブリエンツ・ロートホルン鉄道を撮り直しに行ったのですが、災害があり、以前に撮った写真を使わざるを得ませんでした。ゴッタルド・パノラマ・エクスプレスも撮りに行きたいですね。2016年に開通したゴッタルトベーストンネルは、世界一長い57kmのトンネルです。スイスのすごいところは新線が開通しても、旧線を残すところ。急ぐ人は新線を使い、景色を見たい人は旧線を使います。何度も訪れていますが、今年から新しいオールドーム展望席のパノラマ特急が走り出したので、また行きたいですね。
――OM SYSTEMのカメラは鉄道撮影にいかがですか?
ものすごくいいです。いちばんは小型軽量なところですね。アマチュアの方でフルサイズを使う方も多いと思いますが、大きすぎるカメラやレンズだと海外の場合は特に狙われることも多いですから。マイクロフォーサーズは小さいのに優秀なところがいいです。
――何度もスイスに足を運ぶ理由は何でしょうか。
スイスがベストワンだからです。はじめて海外へ行く方に、どの国の鉄道がおすすめかと聞かれたときには、迷うことなく「スイス」と答えます。全く海外旅行の経験がない人でも、スイスだったら安全に楽勝で鉄道に乗れます。
列車に乗る前にフリーパスを買っておくのが大原則なので、駅には改札がありません。観光客が多いので、言葉の不自由なお客さんでも乗りやすくしているからです。日本では、外国人が成田空港に着いてSuicaのシステムが分からずに右往左往している人を見かけますよね。僕らだって、関西に行ったら迷うことがあります。でもスイスではそれが全くないんです。
それにスイスは風景の何もかもが美しい。どこにも変な建物や看板がなく、ストレスを感じずに撮影することができます。これはスイス人の美意識だと思います。
鉄道は夢を叶えてくれる
――今回の展覧会、改めて見渡してみていかがですか。
やはりいい国ですね。今すぐにでも行きたいです。チューリッヒ空港は国鉄と連結していますし、改札がないのでスイスパスを事前に持っていれば、着陸後45分でダイレクトに列車に乗れます。しかもスイスは自由席の国だから、窓口で指定席を取る必要もありませんし、日本のように満員で座れないこともありません。だからこそ、スイスですね。
――これまでに95か国も足を運び撮影されていますが、鉄道の魅力とは?
「走ること」と「快適に移動できること」だと思います。私が子どもの頃はマイカーがなかった時代でした。あったとしても、オート三輪や、仕事用の車しかなかった時代です。だから僕にとって鉄道は、あの山の向こうまで行ってくれるもの。長野に生まれ育っているので、あの山の向こうはどうなっているんだろう、と小さい時に思ったことが原点です。東京へ行くときはいつも鉄道でしたし、鉄道は僕の夢を叶えてくれる乗り物なんです。
文:安藤菜穂子
写真:竹中あゆみ