清水哲朗写真展 「トウキョウカラス」インタビュー
写真家の助手をしていた1995年から約8年間、カラスを被写体とした『トウキョウカラス』をモノクロフィルムで撮影していた清水哲朗さん。2020年11月から再び、現代版『トウキョウカラス』としてカラーで撮影を始めました。今回の写真展では膨大な作品数から55点をセレクトして展示。被写体に対する思いや作品について伺いました。
コロナ禍に再び撮り始めた、現代版『トウキョウカラス』
――20歳の頃からカラスを撮り始めたきっかけは何だったのでしょうか。
もともとカラスが好きだったんです。カラスって、忌み嫌われている鳥じゃないですか。若い頃だったので、怖いもの見たさというか、世の中と反対のことをしたかったというか。むしろ僕は面白い鳥だと思っていたし、周りに撮っている人もいませんでした。それに写真家の助手時代は忙しくて、自分の作品が撮れる時間は早朝か夜だけ。カラスなら事務所に行く前に渋谷に寄れば撮れるなと思ったんです。
――当時、『トウキョウカラス』を写真展などで発表されなかったのはなぜですか?
発表したかったんですよ。これで食べていくつもりでした。でも、売り込んでも、売り込んでも、どこも扱ってくれなかったんです。「モノクロでカラス、暗いよね」。「写真はいいけどうちじゃないね」って言われて。ギャラリーもダメ、雑誌もダメ。みんな見る目ないなって思ってたけど、これ以上売り込んでもどこも扱ってくれないと思ったから封印したんです。同時期に撮り始めたモンゴルの写真を使ってもらえるようになり、その比重が大きくなったというのもありますね。
――カラーで再びカラスを撮り始めたきっかけは何だったのでしょうか。
2020年秋に、25年間お蔵入りしていたモノクロ写真のカラスの写真展を行って好評だったことと、カラーで現代版を撮りたいとずっと思っていたからです。渋谷は100年に1度と言われる大改修工事をしているし、街を撮りたいというのもありました。ただ、カラスを撮るならば早朝に行かなければならないのと、何日も通って撮り続ける覚悟が必要で……。そんなときにコロナ禍でどこにも行けなくなり、カラスなら近所で撮れると思ったのが始まりでした。久々に撮ってみたら面白くて、昔は朝しか撮っていませんでしたが、昼や夕方、また1年中、季節も追いかけて撮ってみたいと思ったんです。
カッコ可愛いくて、賢い。カラスのありのままを撮る
――2020年11月から2023年まで、200日以上、撮影されたそうですね。
時間だけはあったので、毎日のように撮影に行きました。時間帯によってこの辺にいるだろうというのが分かるので、それに合わせて探しに行くという感じです。朝は日の出の1時間前に起きて、渋谷まで30分ぐらい歩く。大体カラスが来るのは日の出の30分前なんです。早朝はカラスがご飯を食べに降りてくるから、撮りやすいんですよ。とにかく好奇心のままに、1日10~20キロ歩くこともありました。
――現代版『トウキョウカラス』はどんな風に撮りたいと思っていましたか?
ありのままでしょうか。みんなカラスに対して誤解がありすぎるから、「カッコ可愛いくて賢い」ありのままを撮りたいと思っていました。また鳥の専門家が見ても面白いと思ってもらえるような、生態が分かる写真も撮ろうと思いました。昔からカラスについて書かれた本を読んでいますが、たとえば「カラスはハトを襲う」と書かれていても、その写真は載っていないんですよ。だからカラスが好きな人にも興味を持ってもらえるような写真も撮りたかったんです。
――写真の中にいるカラスを探しながら、東京の街の風景を見るのが面白いです。
東京で暮らしている鳥なんてなかなかいないじゃないですか。大自然をバックに飛ぶ鳥は普通だけど、街にいて違和感のない鳥って少ない。街がどんどん変わっていくから、その街の記録も撮りたかったんですよね。あれもこれもなくなっちゃったな、っていうのがたくさんあります。
――撮りたい場所にカラスが来るとは限らないので、撮影が難しそうですね。
そうですね。たとえばこの国立競技場の写真も、カラスが来てくれないかなと思って待っていたんです。勝算はあったんですよ。夕方、明治神宮のねぐらに帰っていくので、何羽かは来るだろうと思っていました。撮りたいものはいっぱいあったけれど、そこにカラスがいるかどうかは別問題。何度トライしてもダメなものはダメでした。
みんなが知らない、カラスのいろんな姿
――カラスの巣、初めて見ました。
巣は見つかると撤去されるので、子育ての様子はなかなか撮れません。春になると何か所もチェックしておくのですが、最後まで見守り終えた試しがなく、ようやくあの子たちが撮れました。カラスは幼少期だけ口の中が赤く、どんどん黒くなっていくので、口の中を見ると若いかどうかが分かります。小さい頃はブルーアイズで本当にきれいだし、かわいい。この時じゃないと撮れない姿です。
――ふだんカラスを近くで見ることがないので、羽根の色が真っ黒ではなく、美しいブルーだったのは発見でした。
カラスの羽根の色は真っ黒ではなく、光の角度で、緑、青、紫にも見え方が変わる構造色。「濡羽色(ぬればいろ)」と呼ばれる艶のある黒色を指す言葉はそこから来ています。今回はカラーで撮影したので、羽根の色は美しく見せたいと思って意識して撮りました。
――たくましさを感じるような写真もあれば、遊んでいるような写真もありますね。
この写真は、誰が先に避雷針にとまれるか、争奪戦をしているところ。見ているとムキになっているのが分かって面白いんです。僕には幼稚園児みたいに見えるんですよ。遊びも必死だし、食べるときも必死。若い頃は「波長が合うな」と、カラスを同世代だと思って見ていたのですが、いまはもう親の目線になっちゃって、年取ったなと(笑)。昔より可愛く見えますね。
今後、撮ってみたいカラスとは?
――清水さんの作品からは、カラスに対してのリスペクトを感じます。
僕、カラスみたいになりたいんですよ。賢くて生きるために必死だけど、遊ぶ余裕もあって、家族愛もすごい。こんな感じに生きたいなと思っています。自由なんですよね。生きるためなのか、楽しくてやっているだけなのか、いつ何をやるか本当に行動がよくわからない(笑)。
――今後も『トウキョウカラス』は撮り続けられるのでしょうか。
コロナ禍から通常営業に戻りつつありますが、渋谷もまだまだ工事の途中なのでそういう意味ではもう少し見てみたいですね。まだ撮れていないカラスの習性もあります。そしていつかアルビノの白いカラスを撮ってみたいです。これはもう運ですね。
――カメラがフィルムからデジタルになり、撮影できるものも変わりましたでしょうか。
感度がその都度変えられるようになったし、鳥認識AFもあるのでフォーカスが早い。飛翔シーンなどが撮りやすくなりましたね。羽根の色の階調もきれいに出しやすくなりました。現場でうまくいったか確認できるから、幅広いイメージは撮れたと思います。恩恵は受けましたね。まあ、撮りすぎてセレクトが大変でしたけど(笑)。
写真展開催期間中に開催されたトークショー
文・安藤菜穂子
写真・竹中あゆみ