鳥たちに優しい社会 #03 ~SNSと野鳥写真~
現代の野鳥撮影を取り巻く環境を考えた時、SNSは無視できない要素です。情報を得る手段として、そして発信する媒体として利用している方も多いことと思います。便利で手軽な媒体である一方、注意して接することを心がけないと、鳥や周辺環境に悪い影響を与える可能性もあります。
野鳥を「撮影」する際には、「撮影によって鳥の行動を変えてしまっていないか」を一つの基準にしている、と以前に書きました。(参考:鳥たちに優しい社会 #02 〜鳥との距離感〜)
野鳥に関わる情報を「発信」する際には、発信によって人が集まることで、その鳥にかかる観察圧・撮影圧(鳥に与えるストレス)の観点と、環境や地域住民への配慮を考慮した上で、時期や内容を慎重に判断する必要があります。種類ごと、地域ごとの事情もあることは理解した上で、付き合い方を考える回にしたいと思います。
SNSの有益な面に目を向ければ、一つは季節の鳥の渡来状況を把握できることがあるでしょう。たとえば、コハクチョウのように秋に日本に渡ってくる鳥の報せを見て、うちの近所に来るのもそろそろかな、と思いを馳せるのも良いものです。春に、キビタキが初認(ある鳥が、その年初めて観察されること)された報せを見て、さえずりを復習してからフィールドに出ることもできます。また、羽の欠損状況や標識調査用の足輪など、特徴的な個体をSNS上で共有することにより、特定の個体の渡りルートが観察から判明することもあります。これらの情報は、即時に共有されても地域や鳥への悪影響が少なく、あるいはメリットがあるものと判断できます。
一方で、情報の取り扱いに慎重になるべき状況もあります。特にいわゆる「珍しい鳥」「人気の鳥」については、思った以上に広く、瞬時に情報が拡散し、気づいたときには手に追えなくなっていることも多いので注意が必要です。
1枚の写真からでは場所の特定は難しいだろうと考えても、前後の投稿や、プロフィール、他者の投稿と合わせて見ると、場所の特定が想像以上に容易なパターンも往々にしてあります。そのような点も留意した上で、「本当にいま、発信しなくてはいけないのか」考え、以下に紹介する例を参考に判断して欲しいと思います。
1) 人が集まっても問題のない場所か
駐車場が完備された公園などの場所であれば、遊歩道を塞がないような配慮をする限り問題は生じにくいのですが、農耕地や住宅街の近くであるなど、人が集まることで周囲の住民に迷惑がかかる可能性があれば、その問題をクリアできない限りは公開時期をずらすなどの配慮が必要です。
例えば、農耕地は主にシギ・チドリや猛禽類の生息地であり、農家さんと良好な関係を築きながら観察させてもらう分にはよいのですが、人、車が立ち並び農作業の邪魔になるような状況が続くと、最悪の場合、その場所で鳥を観察させてもらえなくなる可能性すらあります。
2) 「希少種」に該当しないか
現状では、いずれも「珍しい鳥」と一括りにされてしまっていますが、「珍鳥」と「希少種」を分けて考えると良いと思います。いずれも見る機会が少ない鳥ではありますが、ここでは「珍鳥」を日本での記録が少ない鳥とし、「希少種」は生息数が少なく、絶滅が危ぶまれる種のことを指すこととします。
例えば、ノハラツグミのような、稀に飛来する鳥は「珍鳥」に該当します。日本が分布域の端に当たるため、飛来数が少ないものですが、世界的に見れば生息数は少なくなく、一般的な探鳥で必要なマナーさえ守れば、周囲の人や環境に迷惑をかけない限り、トラブルを招くリスクは少ないと思います。
一方で、イヌワシやシマアオジのように、生息数が少ないために見る頻度が低い「希少種」は、情報の取り扱いに極めて慎重になるべき種に当たると言えます。このような種の情報に人が集まり、もし繁殖や生息環境に悪影響を与えるようなことがあれば、その種の存続に大きな影響を与えうる種です。残念なことに、多くの希少種において、保全上の懸念として、カメラマンが及ぼす繁殖への悪影響が明記されていることを知っておく必要があります。
希少種は環境省のレッドデータブックなどでも調べられますが、一部の野鳥図鑑には、鳥の特徴だけでなく、その鳥の保全上のステータスが載っています。この頃は、ネットで鳥の名前を調べるという方も多いのですが、ぜひ野鳥図鑑や書籍、保全団体の発信も参考に、その鳥の置かれた状況や、保全に関わる人たちの苦労や取り組みも含めて知っていく努力をしてみませんか。
もし希少種の知られていない生息地を見つけた場合、その情報は記録として重要ですが、発信の媒体がSNSでよいのか慎重に判断し、種によっては保全団体に相談するなどして、その個体を守ることを優先して欲しいと思います。もちろん、自身の撮影自体にも責任が生まれ、慎重さが求められるのはいうまでもありません。余談ですが、筆者は特に絶滅が危ぶまれる種に関しては、その種でなくてはならない理由がない限り、「作例」などで扱うことは避けることにしています。
公開時期を問わず、特に慎重になって欲しいのが、繁殖地に関する情報です。特に林内で巣を隠して営巣する種において、人の関心が注がれることは大きなストレスになり、繁殖の妨げにもなり得るほどの悪影響を生じます。春から夏にかけて、探鳥中に鳥の巣を見つけることは普通にありますが、よほどその鳥の生態に精通しない限りは、無闇な接近や撮影は避けるのが賢明です。
種を問わず、長時間に渡り人が居座ると繁殖放棄を招く懸念が高まりますが、情報を見た人が入れ替わり立ち替わり訪れ、連日巣の近くに居座る、という状況を生んでしまうと、間接的にも鳥の繁殖に悪影響を与えることになってしまいます。また、人数が増えると、万が一営巣放棄などが起こった場合、責任の所在があやふやになるのも問題です。
では、巣立ってからであれば場所を公開しても問題ないかというと、そうではないパターンもあるので注意しましょう。翌シーズン以降も同じ巣を使う種も多いですし、そうでなくても同じエリアで繁殖する鳥は少なくないので、今年の情報をもとに翌年以降に人が増えたり、それによって繁殖が妨害されてしまう状況を生んでしまう可能性すら考えなくてはなりません。発信を行う前に、書籍や図鑑を活用して、その鳥の繁殖生態を調べるくらいの慎重さは最低限持つ必要があるでしょう。
SNSでの交流は楽しく、そして役に立つ面もある一方で、命を相手にする趣味を続けていく上での責任が伴います。あれもダメ…これもダメ…という中で趣味を行なっていくことは窮屈に感じますが、すでに社会問題となりつつあり、このような状況が続けば、今のような野鳥撮影すら楽しめなくなってしまうかもしれません。
その一方で、いま増えている、カメラ趣味をきっかけに野鳥に興味を持つ方や、カメラメーカーの関心が野鳥や自然の保全にももっと向かえば、何か状況を改善できる一手になるのではという希望もわずかに持っています。
これからも楽しく、野鳥観察・撮影を行うためも、今一度、野鳥やSNSとの付き合い方を皆で考える必要がある時期に来ています。
文・写真:菅原貴徳