撮りたいものが見つかった、小豆島の出張写真館「しまもよう」 - 牧浦 知子
こんにちは、〈小豆島カメラ〉の三村ひかりです。
私たちは、小豆島での日々の暮らしのなかで出会う、美しい景色、おいしい食べもの、優しい人々をOM SYSTEMのカメラで撮影して発信しています。
小豆島カメラの7人のメンバーがお互いをインタビューし、ひとりずつ紹介していく連載「 わたしのまちとカメラ #小豆島カメラ 」を読んでいただけたでしょうか。
私も知らなかったメンバーの一面が書かれていたりして、お互いのことを改めてインタビューするのっておもしろいなと思いながら読みました。
ぜひ読んでみていただけるとうれしいです。
小豆島カメラだけでなく、他の地域で活動する人たちの連載もあります。
そして今回は、小豆島カメラのメンバー、出張写真館「しまもよう」として活動する牧浦知子さんをご紹介します。
いつも笑ってて陽気なお姉さん、写真を撮ってる時はとてもかっこいいんです。
牧浦さんの素敵な写真に魅せられて、出張写真館「しまもよう」には結婚式や七五三、小豆島への旅の思い出などで撮ってもらいたい人たちからの撮影依頼が続々。
高校生の頃から写真が大好きだったのに、何を撮りたいのかわからなくなってしまった都会での暮らしから、小豆島に移住し、撮りたいものを見つけるまでのストーリーをお伝えします。
幸せなのにどこか物足りない都会暮らしから小豆島へ
牧浦さんは、兵庫県育ちのちゃきちゃきの関西人。「あかーん」「せやねん」とか、なぜか聞いてるだけで元気になる関西弁をいつも話しています、笑。
「高校生の頃、写真やりたいなぁと思って。写真部は廃部になっていたんだけど、友達を誘って先生に写真部やりたいです!って言いにいってん。そして写真部復活。フィルムカメラで撮影して、暗室で現像したりしてすごく楽しかった〜。」
私たち(牧浦さんと私は一つ違いの同世代)が高校生の時代は、「写ルンです」で友だちを撮ったり、かわいいものを撮ったり、そういうスナップ写真を撮るのが流行ってて、撮った写真にポスカで書き込みしたりして。とにかく撮ることが純粋に楽しかった頃。
お父さんの一眼レフカメラを借りて、本格的に写真を撮ったりもしていたそう。
「写真の仕事に興味が湧いてきて、高校を卒業したら写真の専門学校に行きたいなぁって思ってた。進路を決めるときに両親に話したらあまりいい反応ではなくて・・・。その頃は親の意見を押し切ってまでやりたい!って強い意志は自分にもなくて、結局別の分野の専門学校に行くことにしたの。」
服飾の学校に進んだものの、まわりのみんなの熱意に比べて、自分はそこまで気持ちが入らない。服を作るよりも、ファッション誌の写真を見たり、デザイン画を書いたり写真をコラージュしたりするのが楽しかったそう。
結局やっぱり写真が好きで、神戸の写真館で働きはじめました。
「ブライダル写真のアシスタントとして働いてた。めっちゃ重たいフィルムカメラを2台持ちながら走り回って撮影してた。そういう時代だったんだよね。」
その頃に先輩カメラマンのおじさまたちからいろんなことを教えてもらったそう。当時はフィルムカメラで、ちゃんと撮れてるか、フィルム交換のタイミングをいつにしようか、逃しちゃいけない一瞬を撮らなきゃ、そんな失敗できない緊張感の中で撮影していくことで、カメラマンとして鍛えられていきました。
仕事のかたわら、イベントやライブで知り合いのアーティストの写真を撮ることも。レコード屋さんや服屋さんで写真展をしたり。アーティストやライブを楽しんでるお客さんなど自分の好きな人たちを撮れることがとても楽しかったそう。
20代後半、結婚して母になった牧浦さん。
「家事をすること、子どもを育てることでいっぱいいっぱいで、写真を撮りたい気持ちがいつのまにか小さくなっていきました。撮影の仕事も細々としていたけど、だんだん減っていってしまって。それなりに幸せだったけど、あー、このまま地元で歳とっていくのかなぁ、何やりたいのかなぁ、私・・・。と悶々としてたよ。体調も良くない時があって、気づかなかったけど実はすごくストレスを感じていたんだと思う。」
それめちゃくちゃよくわかる!私も同じでした。
それまでの仕事を中断して、家で家事と育児。突然社会とのつながりを切られてしまったようで、私はいったい何がしたいんだろうと悶々と考えてしまうんですよね。仕事をしていたとしても、時間に制限があって、やりきることができず中途半端に。
そんな時に決意したのが、小豆島への移住。
旦那さんの提案もあり、家族で小豆島へ暮らしの場を移すことに。
そこから牧浦さんの生き方は大きく変わっていきます。
小豆島カメラのメンバーに!やっぱり写真を撮ることが楽しい
牧浦さんが小豆島に移住したのは2013年7月。
その年の11月に、オリンパス(現OMデジタルソリューションズ)さん、写真雑誌のPHat PHOTOさん、写真家のMOTOKOさんが小豆島に来島され、小豆島カメラの立ち上げのための最初の打合せをしました。
私はその立ち上げに関わっていたのですが、写真が好きで、社会的な活動に興味があって、みんなで楽しく活動できそうな小豆島で暮らしている人って誰だろう?と探している時、そういえば、つい最近引っ越してきた素敵な人がいるな〜、声をかけてみようと誘ったのが牧浦さんでした。
「やりたい!!」即答で小豆島カメラのメンバーに。
「小豆島に来て、ずっと憧れてた写真家のMOTOKOさんに会えるなんてほんとうに嬉しかったし驚きでした。」
もともと写真が大好きで、その仕事をしてきた牧浦さん。
小豆島カメラでは、なるべくそこで暮らしている人や働いている人を撮ること、風景の中にもそういう人がいる写真を撮ることを意識していたのですが、それがなかなか難しい。
でも「人を撮るのが好き!」な牧浦さんは、最初からお寺の住職さんや暮らしを楽しむ人など、たくさんの人たちを撮っていました。
しばらく写真を撮ることから離れていたけど、小豆島に来てから写真を撮ることはやっぱり楽しいと思うように。
「小豆島に引っ越してくる前も、子どもの写真を撮っていたけど、小豆島に来てからは撮りたい気持ちがすごく強くなった!子どもだけを撮りたいんじゃなくて、子どもとその後ろにある美しい風景だったり、島で採れた旬の食べものだったり、小豆島で育っていく子どもを撮りたいと思った。」
誰かの大切な時間を撮りたい、それが私のできること
小豆島カメラの活動を通して、醤油やそうめんなどの生産者さんを撮るようになり、身近な友人や子どもを撮ることも増え、自分が撮りたいものが少しずつ見えてきました。
「私は人を撮ることが好きなん。誰かの大切な時間を撮ることで、喜んでもらえたらいいなって。」
そうして2020年春から始めたのが出張写真館「しまもよう」。
瀬戸内海が見える場所やオリーブの樹があるところなど、小豆島の美しいロケーションで、家族写真や結婚式、七五三などの撮影をしています。
「小豆島に来る前に、たまたま家族写真を撮ってもらう機会があって、家族写真っていいなーと思ったの。写真を撮る前におしゃべりしたり、カチカチに緊張した息子と走り回って遊んでくれたり、和ませてくれるコミュニケーションがあったから、自然でいい表情をできたんだと思うんだよね。その時間がすごく楽しかったし素敵だと感じた。」
あの時自分が家族写真を撮ってもらってとても楽しかったように、私も撮ることを通して、楽しい思い出を残せれたらいいなと牧浦さんは話します。
高校生の頃から写真を楽しんでいた牧浦さん。
今はもっと写真を楽しんでるんじゃないかと。笑
小豆島カメラという活動も、カメラマンとしての仕事も。
それは、小豆島という場所だからこそ、牧浦さんのこれまでの出会いや体験があったからこそ実現したんだと思います。
これからも関西弁で盛り上げながら、素敵な写真を撮ってくれるのを楽しみにしています。
文:三村 ひかり
写真:牧浦 知子、三村 ひかり
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